こんにちは。
日本に戻ってきました~。
東京アトリエの再開です。
ご予約は、メールで受付けております。
私から返事がない。。という方、メール事故が多いので、
お手数おかけしますが、もう一度送ってくださいね。
さてパリでは、短い期間を怒涛のようなスケジュール。。
なんて思っていたのですが、すいすいと物事が運んでくれたので、
友人と遊んだり、音楽三昧できました。
ルネサンスハープを弾いて、その時代のアレンジセンスやニュアンス。。
まあ、いつになっても勉強なんだと改めて思いました。
ダンスでは、サラバンドとルールの違い、そして
いろいろな人と踊れて、リズム、韻の踏み方の違いを知りました。
ステップは、フランス語の韻と同じにできているんだなあ、
とつくづく感じました。
フランスの言葉の韻に閃きを持たせ、命を与えた詩人、
それに音楽をつけたフランス歌曲「メロディー」の存在がある事を
思い出しました。
メロディーを書いたたくさんのフランス近代作曲家たち。。。
グノー、フォーレ、アーン、ドビュッシー、ドリーブ、マスネ、ベルリオーズ、
そしてプーランク、ローゼンタール、メシアン、サティ―。。などなど。。
私が好きなのは、高踏派詩人とドビュッシーの組合せの曲です。
初期の有節形式に近い形で作曲していた頃から、
ドビュッシー中期のメロディーまでのものです。
感情と詩が、音楽から飛び出してみたり、
音楽と詩が熱い抱擁をしていたり、離れたり、
詩がにじみ絵のような色彩を帯び、
それが偶然なのか計算されたものなのか、
ふんわりと音の上に浮き立ち、その自由さと軽快さ、美しさが好きです。
詩に、色があり、音があり、匂いや温度があって、狭さや広さがあって、
形があって、想像するのではなく、体感しているような、
その場に自分がいるような気持ちになります。
自分がいると言っても、まるで絵の中に入り込んでいるような感覚があり、
私は、それに酔ってしまいます。
詩の内容の辻褄を合わせようとすると意味が分からなくなってしまいます。
でも、音楽の後につけるバラバラな歌詞のようではなく、
ちゃんと韻とリズムが考えられています。
言葉の巨匠ですね。
日本の演歌は、女性が男性の心を歌うものがありますが、
ヨーロッパでは、女性が男性の心を歌ったりするものが多くあります。
男性の恋心や彼らの子供の頃若い頃の思い出を女性が歌います。
僕を理解してね、女性のみなさん、と言っているようで。。
美意識が違うのでしょうかね。
私は、声楽から離れていますが、
今回パリで、ふとそんな事を思い出して、
非常に懐かしく思いました。
芸術の秋ですね。。
柿の皮、むくの忘れて、歯が欠ける~
って事が、昨日私の身に起こりました。
みなさまも気をつけましょう。
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